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2006年7月26日 (水)

「頑張れ」という言葉

06041022img_7658=23日に書いた日記の編集後、再掲載です=

「頑張れ」という言葉を使うとき、妙に慎重になってしまう事がある。

時にはそれが、凶器となる場合があるからだ。

正確に言うと、ある時を境にそういう意識が芽生えたのだが…。

頑張っても頑張っても頑張っても乗り越えられない壁にブチ当たってる人がいたとしよう。その人に、「頑張れ!」と声をかけたら、その人は一瞬気力を取り戻し、もうひと踏ん張りしようとするだろうと思う。

けれどそれが落とし穴なのだ。

すでに限界を超えてしまっている人に対して、それはより気力を奪う行為になってしまうから。

頑張っても頑張っても結果が出せない事に疲れきってしまっているのに、その事に気が付いてあげられず、無意識で傷を深くえぐることになってしまう。

その事を助長させる凶器になってしまうと痛感してからは、より慎重になった。

子供のように、時には頑張れるのに臆病になっていて、甘えて踏ん張れずにいる人もいるだろう。そういう人に対しては惜しみなく言いたい。

「頑張れ」と背中を押してあげたいと思う。

      ■ ■  私の人形についての見解を書きます  ■ ■

        【心身ともにナーバスになっている方はスルーしてください!!】

Img_0345

私は、ぬいぐるみ等のかわいいマスコット系も好きなのですが、カタカタと動く人形に特に心惹かれる傾向がある。

暗闇の中で、ひっそりと、手足をこわごわと動かしている。おぼつかない動作で首を振る。

それは私には“傷ついたものの姿”のように見えた。

短大のときの友達は、そのことを確かこのように評したと記憶している。それは「胎児の姿を見ているのでは?」と。

←余談ですが、その彼女がくれた切抜きです。

彼女は人の心を言葉にするのが上手い人だ。何もかも見透かし、影の支配者のような神々しさを時々感じる。こういう感じ方は非常に女性的なナルシスティックな意見ですがね。

           ☆*:;;;;;;:*☆☆*:;;;;;;:*☆☆*:;;;;;;:*☆☆*:;;;;;;:☆*:;;;;;;:*☆☆

(編集終了~♪)又、私には心理学の学問的知識はないので以降も感覚で述べます。

そこにゆらゆらと揺らいでいる、ろうそくの灯を思い浮かべていた。この灯はこれから更に燃え上がろうとしているのか、それとも燃え尽きようとしているのか――儚さ、危うさ、脆さ、刹那さ、尊さ、神々しさ、色んなものが混在しているように思う。

冥界婚、というものがありますね。夭逝した子供の為にあの世で穏やかな生活ができるように花嫁人形をあてがうと云う。私は知覧の特攻会館でそれを見ましたが、靖国や全国各地のお寺にもこういう行為(風習?)が見られるのでしょう。まさか本物の人間をそこに留めおく事は出来ないわけで――そうなるともう、小説のネタのようですが――そういった“使命”を与えられた人形には個々とした“命”が宿るような気がするんですよね。
けれど決して“与えられた使命”以外の行動は許されていない……。

飛騨高山にカラクリ人形を教授の勧めでむかし観にいきました。よくあるお茶を汲む、矢を射る人形等です。小屋のような箱の中から出てきて、盆に載った茶を運んで戻る、あれ。そういった人形の顔は穏やかな童子の顔をしてますが、なんとなく背負わされた使命の尊さ=脆さ→切ないもの、傷ついたものを感じてしまう。

話があちこち飛びますが、子供の時に某デパートのショーウインドウに、ぬいぐるみ達が奏でるオートマタがあった。デパートに連れて行って貰うたびにガラスにへばりついて飽きることなくみていた。思えば空間演出という科目を専攻したのもあの時の「ときめき」が潜在的にあったのかもしれないです。

映画「マネキン」をみてこの道を選びました、という子も多かったですね。私も好きな映画ですが、在学中に「自分は動く人形好き」なことに気が付いたんですよね。
パペットアニメ、クレイアニメも好きです。
それからは追いかけるように「動く人形」系の催し物に出かけるようになりました。そこで出会ったのがムットーニさん(人形師、武藤政彦、日本人ですからね)なのですが、私の求めるものの究極(?)だと思いました。

200607261253000“これ”を追及してる人が存在するという事は、自分の愛する=と確信する=ものの方向性は間違ってないなと思いました。
なんていうか、ムットーニ氏の作品空間は“小宇宙”と評される事が多いのですがまさにそうで、上に述べてきたある種の切なさが篭ってる。人形達はコミカルに動いてるように見えるんですが、私達の生きてる地上の下で、ささやかに蠢く刹那さ「哀愁」を感じて泣きたくなりますね。

200607261254000大声を上げてわーんわーんと。
新たに生まれ変わるように、一皮向けたように、感情が解き放たれる。

人間の纏っている空気は時に微妙にかわる瞬間がある。昨日までオーラが幸せピンク色だったのに、だんだん紫色に変化しつつあり、最後にブルーだったりグレーになったりする。落とし穴は不意に現れる。
人形達が発している刹那さ、「哀愁」は、人間が奈落に落ちかけているその「寸で」に似ている気がします。
200607261256001友達に「すっごい人間を見る目があるよね、それは直感なの!?」と聞かれた事があります。

そう言われた事はもちろん嬉しかったんですが、直感と云われてみればそんなような気もするし、けれどそんな高尚な能力を備えているってゆう意味合いではなく、ただ人間観察が好きなだけなんでしょうね。

そして、その色が変わる「寸で」のところを、やたら敏感に嗅ぎとってしまう習性があるのかもしれない。

10~20代の頃は特にそうでした。理屈抜きに感覚が最も冴える年代でもありますからね、まわりの人たちも微妙に揺れている時期であると思うし。
ただ危険ではあります。感傷にのめり込みすぎてしまうからね。たくさんの人を愛そうとしてしまう、手元に置こうとしてしまう、危険なものを取り外そうとしてしまう。けれどあの時期はあれで良かったのかな……「居てくれるだけで空気が和むね」と云ってくれる人もいたし。私自身の人格形成にも深く結びついている。

Haritensi 今はもう少し冷静ですよ。若干ながら少々の知識もつけてたし、勉強もしている。
ただ、やはり人間の「せつなさ」を見つけてしまう習性は変わらないかもしれません。悪戯に接触しようとするのは危険ですが、やっぱりある種の敬愛をこめて「頑張れ」と言いたい。
時には衣服の上からでも心の傷に直接触れようとしてしまうかもしれないけどね。ふふふ……。

気をつけろっ!

ムットーニ・カフェ ムットーニ・カフェ

著者:武藤 政彦
販売元:工作舎
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ちなみにムットーニさんです。

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コメント

ムットーニのオフィシャルサイト!もご覧下さい。 http://www.muttoni.net

ムットーニファン様

早速、サイトをお気に入りに追加してしまいました!
これでいつでも会いに行けます♪
ムットーニさん、横浜生まれなんですね!
なんか嬉しい~(^u^)
だから肌に合うのかしらん?

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