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2006年8月26日 (土)

トリッピング

溜まっていた「アイロンがけ待ちのワイシャツ」にようやくアイロンを通した。

暑いから嫌なのではない。単純に「苦手」なのだ。「今日はやるぞ」と決めたらキッチリとやり遂げる方ではあるのだが、何故か家事の中で「洗濯物を片付ける事」に関するモノに対して、私はエンジンのかかりが悪い。

で、ようやくアイロンを操っている訳ですが、頭の中ではまったく別のことを妄想(トリップ)している。けれど手は頭とは別物のように動き、作業を続けているのだった。読んで字の如し…『無心』とはこのことぞ。

Img_0943

さて、脈絡のない話をします。その妄想(トリップ)の話。

自転車に乗っている時は必ずそうで、私はスピードが加速されるとトリップ状態に入る。その時は既にもう現世の光景は全く視界に入っていず、なのにちゃんと赤信号では停まって、歩行者がいたら避けて、ちゃんと家に帰りついている。不思議だ。

体中をアドレナリンが駆け巡るせいかな~? 「お風呂で寛ぎながらアイディアを練ります」なんてこたぁありえないんですね、私には。

これが寝る前であればもっと良いイメ・ト(イメージトレーニングの略です)をするんだけれども、トリップ状態の時に考えている事は大体過激だ。単語で表すと、「撃つ、斬る、高く飛ぶ、謀をめぐらす、孤独、操る、睨む、挑む、嵌める」等など…。

その単語のみの光景を今度は文章に組み立てる。

Img_0945私は文章を書くとき、文節が発するリズムに(こう見えても)かな~り気を使っている。改行の“形”にもだ。どこで折りかえすべぇか、と。それが呼吸と呼応しなければ自分自身がとても居心地悪くなるからだ。

本を読む時もそう。作家さんとのリズムが合わないと、読んでいて息が苦しくなる。だからヘッタクソな文章――もとい、自分と呼吸のリズムの合わない作品――はあまり読みたくないわけです。

これは江國香織さんの本を読み始めてから意識し始めた事である。どこで漢字をひらくか、等も。バランスね。そして美しい日本語であるという事。

『ら抜き言葉』や『さ入れ言葉』も使わないように気をつけているし、小文字使いも嫌い。ご自身のブログ内での使用なら10000歩譲って兎も角も、公然としたやり取りの場で「こんにちゎ」「私ゎ」「ぇっとぉ」「これゎ」とか書かれているのを目にすると、ゾゾゾーと寒気がし、皮膚がかゆかゆになるのであります。(小文字使い文化自体を否定してるのではなく、同レベルの人友達とのメールのやりとりの範疇にしとけよ、ワリャー! と思うわけです。但し「私はぁ~」「ひぃぃ~」は許せる。母音だと長音のリズムを持ち、表現として不自然じゃからかもしれない

決して堅苦しい文章だけを正しいと信じている訳でも、好いている訳でもないんですが。文章表現もT・P・Oに応じってことですかね。

先日、三島由紀夫の本に初めてとっかかりました。時代的に古い言い回しはあるものの、美しい文体の表現に酔うように引き込まれていった。けれど途中、裕福な育ちの少年達が、猫を撲殺するシーンに遭遇し…。

その瞬間、ムラムラ~っと怒りが湧きあがってきて、本を真っ二つに引き千切り、ゴミ箱にズガーン!と捨てた――  い衝動に駆られましたが図書館の本なので止めときました。しかしそこで読むのをキッパリ止めた。どうも許せなくて。

Img_0946こういう表現、スルー出来る時もあるんですけどね。この日は素通りできない精神状態だったらしい。

「陰湿だと理解していて、あえて陰湿なことをやる…快感を得る為に。それが何か?」と。

けれど私はダークな描写そのものを忌み嫌っている訳ではないし、否定するわけでもない。多分、そういう精神状態に至るまでの伏線が描かれる前、人物設定を噛み砕く前に予告なく、唐突に出てきたからスルーできなかったのかも。これがストーリー上、必然性があった描写なのかは読むのを止めてしまったので今となっては分かりませんがね~

ま、こういう事を本気で実行する輩の方がもっと許せない訳ですが、動物に手をかけるのは例え文章表現であっても私は耐えられない性質でして。小説に於いて人が連続でバッタバタ死のうと何とも(?)思わないくせに。

Ma_1_1心底許せない心境なので、個人的には二度とミシマを読む事はないだろう。「いやそれは食わず嫌いだよ」、「これはおもしろいから読んでみて」と言われても絶対読まない。だからといってミシマファンの方に出会うことがあっても批判しませんよ。個人の好みの問題ですからね。

自分は手相にクッキリと出るくらい、「好き嫌いが激しい」らしく、けれど「こいつ嫌いだ」とまわりに公言していても、好ましい部分があったりすると「こういう所は良いよね」とペロッとカルくのたまったりするので、「どっちやねん!」と突っ込まれる訳ですが…自分なりの『好き』『嫌い』ルールがあるんですな。これは人に押し付けたり押し付けられたりするもんでもないしね。人からの影響で意見が変わる事はあっても。

イケメンだけど演技ヘタ…とかは嫌いなのです。中身が薄っぺらい気がして。でも漢字読めないけど、空気を読む頭の回転の速さを持っている人は好き、とかね。ただし演技が下手でも肩書きが役者ではなく、存在として“アリきならば”それは許せるかな…とかね。逐一うっせーな~!(笑) 兎も角も自分のこだわりは捨てられぬわ。

そして今日も自分なりのルールに乗っ取り、トリップ状態お散歩に出向いてまいりまする。頭の中が、動作に比べ忙しない。そりゃ不眠症にもなろうて。

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コメント

ニーナちゃんの写真、雰囲気いいね!
髪は後ろでしばってるのかな?

まぁちゃん、流石こだわり派ですな~。
でも自分の意見があるって素晴らしいことだと思うよ!

>マサミちゃん

ちょっとダークな写真を撮ってみよ~と思って
すごすごと夕暮れのお散歩に連れ出してみました。

実は…
ダークな割りにポーズがロダンの“考える人”のように
なってるんです。(^^)

まあちゃん、こんばんは♪

いつも思いますが、こういうことをブログに書ける方って
羨ましいと思います。
まあちゃんは、すごく真面目な方なんですね。
最近、日本語が乱れています。
ら抜き言葉なんて、日常使われているし、
二重敬語も使われているわけです。
私は結構小さいひらがなを使ってしまいます。
でも、ブログの中や、本当に親しい人との間のメールぐらいですね。
ドキッとします、そう書かれると・・・。
それに、ブログの中では自分のことをmaximって言ってるし・・・。
でも、普段は「わたくしは」と言っています。

それから、先日、日経新聞のコラムに載ったらしいですが、
女性ホラー作家が生まれて間もない子猫を崖から突き落としているという話、
ご存知ですか?
本当か嘘か知りませんが、もし本当であればすごくむごい話ですし、
そんなコラムを掲載した日経新聞って?と思いますし、
嘘だとしたら、何の為に?と思います。
動物虐待の話は気持ち良いものではありませんよね。
私は三島 由紀夫の作品は読んだことありませんが、
そんな残虐な話があるんですね。
小説とはいえ、猫を飼っている私達は読みたくありませんよね。

かなり長くなってしまい、申し訳ありません。
自分の意見を持っているまあちゃんが、
もっと好きになりました☆

また、遊びにきますね♪

>maximさん

こんばんは~!
おお! 長いお便り(?) 嬉しいです♪ 謝謝!

私ももし、公的に何かを書く(表現する)立場であったとしたら
もっとオブラートに包んだ言い方をすると思うんですけど…
(^^;)個人的なものだし、「まぁいっか」と、
調子に乗って書き連ねてしまいました。

私は「ら抜き言葉」を聞くと具合が悪くなるんですね。
人気のある女優さんがどんなに綺麗で憧れる人であっても、
「食べれます」と言われると幻滅してしまう(^^;
テレビ等って影響力が大きいでしょう?
だから、そもそも「ら抜き~」という認識のない世代の子達に
そのまま間違って継承されてしまうと思うんですよね。
それが嫌で嫌で。
といいつつも私も2重敬語に気がつかず、使っている時も
あるんですが~
私も決して完璧ではないのですが、出来るだけ綺麗な日本語を
使うようにしようと思ってます。

ご自身のこと、名前で呼ぶのは別に良いのではないかしら??
maximさんの場合は、ブログ上でのことですし~

ただ自分の事を「○○ちゃんね~」とかいう女(-へ-って
いますよね(笑) あれは気色悪い。

気の合う仲間同士では、私ももちろん俗っぽい言葉を使いますよぉ。
ただ、TPOが分かる年齢になったのであれば、
どんなに若い子でも人と相対する時は使い分けようよ、
それが嗜みですよって意識を持って欲しいんですよね。
今の親って、そういう教育が抜けてません?
学校もそうだけど、社会的な教育に関しては
親が責任を持って欲しいな、と。殺伐とし過ぎてるんですよね、世の中が。

女流作家…記事読みました。
一冊、本を読んだことがあるんですけど、おどろおどろしい
ものを書く人だとは思っていたが、まさか心にもそんな
狂気を持っていたなんて…。信じられません。
不幸な子猫(仔犬)を増やさないために避妊手術することと
生まれた子猫を遺棄する事は基本的に重みが違いますよね!?

ただ、そのことに関しmixi内で
「別にどうも思わないけど…」という意見や、
「じゃあ食料として牛や豚、鳥を殺してるのはどうなの?」
みたいな意見を目にし、もっとショックを受けました。
食料としての飼育は、今が飽和になっているだけで
昔は無駄に殺したりせず、殺生をしてまで頂くものだから
ゴハンを食べる前に「頂きます」って言うわけですよね?

人には色々な思想はあるとは思いますが、こういう意見が出てくる事は
ショックでしたね。
ま、こういう事を格好つけて、いっぱしぶって言いやがる輩っていますけどね(笑)

お返事も長くなる♪ っと。

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