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2011年3月29日 (火)

合言葉を「大丈夫」にしよう。

震災後、救援物資が行き渡る、行き渡らない、活動が思うようにままならない――そんな第一線の声も、まだまだ気がかりではあるけれど、時間が経つにつれ、体よりもむしろ心に疲れを感じ始めている人のほうが心配でなりません。

それまで張りつめてい心のほんの少し出来た隙間に、闇に、囚われてしまわないかと。

実際に、被災していない方々にもPTSDに似た症状というか急性的な症状が現れているそうな。地震酔い、というのもその一種のような気がします。主な原因はストレスでしょう? 余震が続くと怖いですもんね。

でも大丈夫。

あんな悲しい現場を見て、聞いて、子供だろうと、いい歳をした大人であろうと心に傷を負ったり、不安を覚えない人の方が少ないと思うの。

だから、どうかそんな自分を責めたり、動揺したりしないでくださいね。無理に我慢したり、不安に思う感情は無理に抑え込んだりしなくていいんです。もし、不安に思う心があったとしたら、人に笑われるかな~とか気にしないで口に上せてしまうのも、ひとつの手なんですって。

むしろ感情が表に出せる、出てくる方が良い傾向ではあるのだとか。ショックを口に出せずにいることの方がよっぽど深刻です。でも大丈夫。身近な人同士でお互い、気をつけあいましょう。そうすれば、またやり直せるはずです。

だから、もし目の前で感情のコントロールができなくなっている人を見かけても、批判したり、蔑んだりしないように気をつけたいとも思う。特に、こんなときだから今は、尚更に。びくびくしないで貸せる手があるなら貸したいです。

「助けてあげられなかった」とか「あの時、ああしていれば……」とか思っている方が、もし、これを読んでくださる方の中にいたら、それは違いますからね。絶対。

助かった方と亡くなった方の境目には、これという理由なんてないと思う。天罰なんかじゃ、もちろんないです。ただ、悲しい事が起こってしまったということだけ。

じゃ、亡くなった方の気持ちになって考えてみましょうか。

無念だったでしょうね。苦しかったと思います。でも、それがもし私だったら、今生きている方が、自分のためにいつまでもいつまでも泣いているなんて、やっぱり嫌だと思う。自分の分まで、生きて欲しいと切に願うと思う。

だからどうか、ご自身を責めないでください。心の中に生きている人を消してしまわないように。その分、生きて戦うんです。苦しくても、亡くなった人の分まで生きてやるぞ、と戦ってください。

それに……そんなに生き急がなくっても、いつかこの世ではない世界で、また会えると思う。人間、どうしたって不老不死じゃないもの。だからせめて、その時に恥ずかしくないように、戦ってみせましょう。大丈夫、一人じゃないです。周りを見回せば手を貸してくれる人はいるはず。

それから、もし、ただ漠然とした不安を抱えている方がいたら、そんな時はとりあえず大きく深呼吸しましょう。

私もね、正直いますと気が滅入る時もあるんです。今、街全体が節電モードで夜になると薄暗いでしょう。家の中も照明の明かりを落としているし、そういう時、やっぱりちょっと動悸がしてきてしまうというか。

たまにつけるテレビでは、悲しいニュースを報じる事の方が多いですしね。そんな時は、思い切ってテレビを消しちゃってもいいと思うんです。現実から目をそらしてはいけない? ううん。私はそんなことないと思う。時には家族や自分の心も守りましょう。

自分に必要な情報は手に入れたいとは思うけれど、デマだか真実だかわからない情報に振り回される方が疲れてしまうと思うし、私たちの心が疲弊してしまっては、本当に助けを必要としている人の心を支えてあげられないですしね。

明日が来るのが不安とか――心が囚われそうになったら、今、自分にとって幸せなこと考えたりするのがいいそうですよ。花がきれいだな、とか。空がきれいだな、とか身近にある幸せを数えてみる。

子供さんの元気な姿が嬉しいとか、好きなおやつを思いっきり食べちゃうとか、ペットと遊ぶとか。楽しいことをして杞憂に思う心の隙間をなくしてしまえって事ですね。

あと、「笑いで」とか「歌で」とか「スポーツで」とか誰かを励まそうという気持ち、色々な意見もあるだろうけれど……それも良い効果を生む時もありますよね。驕りが見えてくると嫌だけど、やはり真心って伝わるもん。

もし誰か一人の心に届いて、響いて、勇気とか笑顔とか、一瞬でもそうすることができたら明るい気持ちが他の人にも伝染するはず。悲しいことを考える心の隙間をなくしてしまえるように。難しいけどね、難しいけど、やれなくないと思う。大丈夫。

第一線でボランティアとか、支援行動を即実行できる人が一番素晴らしいとは思うけど、日本人全員が押しかけてもしょうがないですしね。粛々と日常生活を送ることも大事です。気持ちさえ、しっかり向いていれば。

計画停電の中、暗くて怖いこともあると思うんですが「月がきれい」とか「星がきれい」とか言っていた友人たちの声を聞いて私は励まされましたよ。大丈夫、人間、まだまだ捨てたもんじゃないみたい。

「だから原発は~」とかいう議論は、いまはいらない。そりゃ、被曝は怖いです。特にお子さんがいる家庭が子供の将来を思えばこそ、キリキリしてしまうのもしょうがないです。でも議論したところで時間は過去に戻せないじゃんね。

東電トップの体たらくには頭に来るけど、混乱した現場で命と体張って闘っている人もいるのに、今まで当り前のように電気の恩恵にあずかってきておきながら、こういう事態になった時に限って、それも大した被害のない地域の人間に限って「ワーワー」言う人の気がしれないよ。

今日は最後にもう一個だけ書きます。石原都知事が「天罰」といった言葉ですけど、私はね、東北の方々に天罰が下った、と言った訳じゃないと解釈しているし、実際そうだと思う。あのおじさんは、いっつも、言葉が足らないんですよね。

言いたかったのは、私利私欲に凝り固まった日本人に「目を覚ませ」という意味で起きた災害なのではないか、と言うことなのではないですか? だからって何でこんなにも多くの方々が犠牲にならなきゃならなかったのか、という無常観は拭えないけれども――。

故に言いたいのは、こんな時にオレオレ詐欺を転じた募金詐欺とか火事場泥棒みたいななのとか、おもしろがってデマを流すとか、そういう幼稚でくっだらないことしてる奴は、いい加減やめたらってことです。ま、そういう奴には結局、生きているうちにいつか本当の意味での天罰がくだると思ってるんで、改める気持ちがないなら、もういいんですけどね。

人の心の痛みを、自分の痛みのように感じられることって偽善でも恥ずかしいことでもないと思うけどな~でも心が疲れている時に「頑張れ」って言うのって、時に相手を苦しめてしまいますよね。

そういう時は「大丈夫」という言葉がいいんですって。「大丈夫」って自分にも人にも、言えるような人でいたいな~と思ってます。

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