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2013年2月28日 (木)

あの日を乗り越えて・・・ください。

一年ちょい前になるだろうか。華流ドラマ(台湾系)で「あの日を乗り越えて」が放送されていたので気になって毎週欠かさず観ていた。

 K-POPには、これっぽっちも興味ないし、近隣アジア系の文化をプライドもなく垂れ流し続ける腑抜けな日本の放送局にはホトホト辟易しているクチではあるけれども、そんな下衆なこと事ほざきつつ、それでも見てみようと思ったのは単に、ヒロイン・ユーチン役を演じているジエン・マンシューちゃんの暗いけれども奥底から真直ぐに見通すような透き通る瞳に惹かれたからだ。

でも中国系の映画って心をうつ素晴らしい作品も多いよね。一部の人の過剰反応な人間性は理解しがたい部分もあるけど。

あらすじは――1年のうち300日は雨が降ると言われる台湾東北部が舞台で、その街の海岸沿いに暮らすフーハイは、サックスに夢中な17歳の高校生。いつものように雨の降るある日、フーハイの実家の商店に一人の不思議な少女が自転車で突っ込んできた。間もなくして、その少女は、フーハイの高校の転入生であることが分かる。転入生のユーチンは台風災害で父と祖母を亡くし、心に癒えない深い傷を負っていた――。

フーハイが少女ユーチンに心を寄せ、何とか心を開かせようとするけれども、心を閉ざしたまま頑ななユーチンに次第に苛立ちはじめる。「なぜ、いつまでも立ち直れないでいるのか」と「クラスメイトもみんな気にかけているのに」と。けれど「あなたに私の何がわかるのか?」と。

そんな風に反発しつつも、2人で風災に見舞われたユーチンの村へ行くこととなる。そこは何もかもなくなってしまったところだった。ただの広い荒れた野原。瓦礫だらけの荒野が続く。かつて人が住み、たくさんの家や学校や遊び場があった場所なのに。そんな光景に愕然とするフーハイ君。少女の心の傷の深さを思い知らされたのでした。

なぁ~んにも無くなってしまった光景と津波が襲った日本の街に、思わず重ねてしまいました。

このドラマを見て印象に残ったシーンは二つある。

ひとつは、亡くなった父と祖母に再び会いたい会いたいと願うユーチンが、自分も死んでしまいたいと思ったり、お父さんに教えられたサックスも吹けなくなっていたりするわけだけれども、ドラマのキーパーソンとなる人物に「サックスをやめてはいけない。いつか心からの演奏ができたときに二人に会えるから」と諭される。

立ち直りかけたり、投げやりになったり、前向きになったり、やはり自分の中に再び閉じこもってしまったりするユーチンが、今度こそ本気で立ち直るきっかけともなるのだけど、本気でサックスを吹かざるを得ない場面が出てくる。

ああ、こういうことだったんだぁ~って思って。

家族を亡くすと、とくに事故とか、事件とか、病気とか、もちろん天災とかテロとか、はたまた夭逝してしまった子供さんとか……残された方々の心の傷って……、周りが寄せる思いも悲しみに満ちたものだけれども、ご遺族の方には本当には寄り添えないですよね。どうしても、ズレてしまう。

後を追ってしまおうとするだろう、自分も。けれども周りからは「頑張れ、頑張れ、死ぬな」って言われてばかりでね、無理って思うと思うもん。でもやっぱり、苦しくても生きていれば、また会える、会える方法がある、という信念を持って人にも本気で伝えられたらいい、と思った。

そんな風に思わせてくれる場面。ご遺族の心の中で生きている人も、自分が後を追うことになってしまったら、2度とその人の口から生きていたころの大切な人の生きざまをこの世に伝えられなくなってしまう。その人を2度失うということになるんだね。

もうひとつは、ラストシーン。

ユーチンが、父と祖母亡き後にお世話になった叔父夫婦の家を出て、幼いころの自分を捨てた母親と暮らそうとしてみたり、フーハイとは心通いそうで、すれ違いが続きつつも、また再び傍で心をかわせることとなった大事なラストシーン、にかかる曲。それまでもドラマの大切なシーンでたびたびかかる曲ではあったのだけれど、言葉がわからなかったし曲調も違うので長らく気づかなかった。

それは台湾バージョンの「千の風になって」だったのでした。

狙った仕掛けだったのかなぁ?

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

生きているうちは憎まれっ子で、周りの人を平気で傷つけたり、嫌なことしたり、自分勝手な理屈で迷惑ばかりかけている人ってね、最終的には碌な死に方しないんだと思う。

罪を犯して、人を傷つけたり命奪っても、法の裁きはするりとすり抜けて、極刑を免れたとしても、そういう人ってね、碌な死に方しない。残念ながら。自ら自分の魂を汚した人と、運命のいたずらで命を落とすことになった人とはね、最後に行きつく世界が違うと思う。

人の運命ってなんでこうバラバラなんだろうね。今、まさに苦しんでいる人がいたら、どうか逃げないでください。どうか騙し騙しでも体を動かし続けていれば、その苦しみの先に何かが見えるはず。何年かかっても。

逃げてしまうとね、やっぱり魂の行き先が変わっちゃうよ。たぶんね。

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