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学問・資格

2007年7月24日 (火)

CAD受講で学生気分♪

CADのスキルアップの為、職業訓練校に通っている。といっても4日間のセミナーなんだけど。

いやぁ~製図は手書きで習った世代なものですからねぇ~「手書きの図面の方が味があっていいのにね」などと会社の外注先の設計の先生と常々言ってみたりする。それに実技試験だって未だに手描きじゃ~ん? 手書きの青図って見ていていいと思うんだけどな。その先生ならではの癖、味わいがすごくいい。オリジナル作品~って気がする。ざくざくっと書かれた文字に「ああ、この人は大胆不敵な人なのだろうな」と先生の個性が垣間見えたりして。半分芸術寄りの職人芸(のつもり)なんだから、そんなに画一的なOA方向にばっか進まないでよね~と言ってみたくなる。

単なるアナログ世代の呟きですけどね。ええ。それが分かっているので、CAD本買って独学で練習してみたりするんですが基本の操作を覚えたとし てもいざ展開させていこうとすると、「…で?」って感じで操作の応用が利かないんだよねぇ~

そりゃjwwくらいは動かせますよぉ、でもね~うち世代は本当に何に於いても中途半端な年代だと思う。アナログとデジタルの狭間で翻弄されているというか。人生一生、勉強せよ――とはまさにこの事ぞ。

200707202159000そしてAuto‐CAD講習、コマンドの使い方を3日に渡って覚え、おさらいを繰り返し、どうにか簡単な平面図を仕上げるところまで行きました。

ここまで来ると理解が及ばない人、もともと少しできる人…と、習得ぶりの差がでてきてしまうのですが、いや~私ももたもたしながらも、きゃはは~♪ ここまで出来るようになってくると、めっちゃ楽しい~♪ アナログだろーが、デジタルだろーが、自分は図面を書くことそのものがやはり好きなんだろうな。先生方にもよく言われるのですが、性格的に性に合うようなんですね。きっちり仕上げるの好きですし、一日中ひとりでこれで遊んでいられる気がするもん。

会社でゴルフコンペがあるたびに、「まぁさんもやればいいのに、ゴルフって楽しいよ~」と夫にも周りからも言われるのだが……ごめんなさい、穴にボール放って何が楽しいのか全く分かりません。それよりも「もしもこんな家があったら…」って空想の家を書いているほうが10000倍絶対楽しい。

そして~通っているのは、本来は普通に訓練学校なのでハイティーンの学生さんたちが授業をしています。私のようなセミナー受講生は、お昼を食べる時にはOA室ではなく、空いてる教室を借りてお弁当を食べたり、学生達に混じって自販機でコーヒー買ったりするのですが、学校の机と椅子に座っていると何だか学生に戻った気分でちょっと楽しかったりする。

あと住宅の内外装関係の科がやっぱり多いので、クロス貼りや床、ソフト巾木を貼る授業なんかもあるんでしょうね。その練習に校内が使われるせいか、校内のクロスの柄が継ぎ接ぎだらけだったりする。おまけに造園の科の成果でしょうが、中庭の隅に日本庭園風なところがあったりしてね。これがなかなか見事なのです。

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2006年12月13日 (水)

人権デー

1948年12月10日、世界人権宣言が採択された。これを記念して12月10日を最終とし一週間は人権デーと定め、国際連合はすべての加盟国にこれを記念する行事を実施するよう呼びかけている…そうな。

ゆえにポストに投函されていた市の広報誌には、「人権尊重」の題名が掲げられてあった。・こどもの人権・男女共同参画・同和問題・ホームレス支援・知的障害・外国人差別・感染症隔離政策・職業差別の項目と共に。

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Img_1883 冬の空はうら寂しくて…。

               その反面、何故だかとても心安らぐ。

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眠れない深夜にホットミルクを飲みながら目を通してみた。む~考えさせられる事が多いのだけれども、なかでも心を奪われたのは同紙に掲載されていた女子中学生による最優秀賞受賞作品だ。彼女の兄は軽度の知的障害があり養護学級に通っている…との内容のその作文には、兄が養護学級に通っている事を告げると人に不快な顔をされる事があるという。彼女自身はお兄さんに対して悲観するということは全くなくようだが、そういった世間の差別には憤りを感じる、との事だった。

最後は差別、偏見、不公平を無くすべく社会に訴えていくと何とも頼もしい言葉で結ばれているのだけれど。

確かに…だ。自分の子供時代を振り返ると、こういったことがいじめの原因に密接に係わっていたという思いが拭えない。

大人たちが話す密やかな事、偏見の目…そういうのって子供は敏感に感づくからね。自分より“劣っているらしい”ものを見つけることに関しては恐ろしく目ざとい。

今まで世間に正しく理解されずに偏見の壁に隔てられてきたこと…例えば知的・学習障害、性同一性障害とか。「その病気って移るんでしょう?」等と言った誤解とか。今でこそドラマにも取り上げられて、人々の理解や協力を得られるようになってきているかもしれないが、それはまだまだ少数派なのでしょうね。

今のいじめが陰湿だと言われるのは、「人を傷つけている」という自覚がいじめる側にないことだと思う。自己中心的と云うか、感受性が欠如してるというか、辛抱が出来ないというか。昔はこっそりといじめが行われてきていた、それがどんなにたわいのない悪さの範囲・発言だったとしても、いじめる側は「自分は悪いことをしている」という後ろめたさが心のどこかで解っていた気がする。それでも止められないのだから昔のいじめも陰湿であることに代わりはないのだけれど。

「自分にされて嫌な事は人にもするな」って昔、先生に習った気がするんですけどね…。今はそういってくれる先生が少なくなってしまったのだろうか。

自分も正しく理解できているか、壁を作ってないか、と問われたら…100%の自信はないのだけれども。どんな人にも親切にせねばと常に思ってはいるけれど、その人と相対した時に本当に自然に振舞えるかどうか、と。やはり信じがたい行動をとられると、とまどう心がどこかに一瞬生じてしまうような気がして。

――って構えてしまうことがもう不要なことなのかもしれないね。何も大げさにも感傷的にも捉える必要はなく、美談に仕立て上げる必要もない。みんな同じように人生で誇れるものものも、つまづきも、長所も短所もあるのだろうから。

それだけのこと。

人生、どんなテーマを与えられるかは人それぞれだよね。それをどう生き抜くか。

突出させてワーワー担ぎ上げる必要も祭り上げられる必要もない。「あ、そうなんだ~」と肯定できる心があればそれで。それが一番自然に思える。

人がどういう問題を抱えていようが、それをいたずらに突きまわす暇があったら自分の人生をより良いものにしなさいよ。つつきまわすのではなくそっと寄り添えばいいのだよ。と、自分にも言い聞かせつつ…。

最近、自分の人生のテーマを見失いかけていたので、ここいらで自分を戒めておかないとね。

2006年11月15日 (水)

=地球の自然を守りたいと願う世界中の人たちとともに=

パンダのロゴマークでお馴染みの<<WWF japan>>が掲げている言葉の抜粋です。「――世界中の人たちとともに」

WWF JAPAN オフシャルサイトは→http://www.wwf.or.jp/index.htm

Img4_1美しい写真も多々あったのでお借りしてきちゃいました。

WWFジャパンの通信販売 「Panda Shop」でグッズを買うと、その収益の全額が自然保護活動に役立てられるそうです。早速、華密恋エキス配合の入浴剤を購入してみました。ただいま到着まち。楽しみです。

おこづかいの範疇で好きなグッズを買えて、それが自然保護の活動に少しでも貢献できるならば、これほど嬉しいことはないよね。今度はかわいい絵本も欲しいな。

「Panda Shop」へはこちらから→http://www.wwf.or.jp/pshop/index.php

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Img6さて、地理、歴史、政治など社会科系科目が不得手な私ではありますが、・絶滅のおそれがある野生動植物の種の国際取引に関する条約は? 「ワシントン条約!」 ・気候変動に関する国際連合枠組条約は? 「京都議定書!」 だけはスラスラと出てくるのである。取り立てて自慢するほどの知識ではありませんがね。

幼い頃から無類の動物好き、そして父が携わってきた仕事の関係もあって自然環境保全に関するアンテナだけは人一倍強かった。食べ終わったアイスの棒、紙くずを道端に平気でポーイと捨てる同級生に対して突然声を荒げて怒りだしてしまい相手を面食らわせたほど。そういう麻疹のような“若気の至り的行動”が本気で許せなかったの。

人間が作り出した製品は自然界では分解できない。だからそれを捨てる事によって、どういう影響を及ぼすのか考えた事があるのか?と。小さいゴミでも積もり積もれば山になる。街中や自分の家の前に堆積したゴミの山を見て楽しいか?と。

またカラスや鳩が餌を食べている時に、誤ってゴミも食べてしまったら消化できなくて死んでしまうケースだってあるんだよ、と責めたてた。

当時を振り返ると怒りを瞬時に沸点へ到達させる、)瞬間湯沸かし器のようだった自分に笑えなくもないが、今も対して変わっちゃいないかな。夫の後をつけまわして「ガミガミガミガミ」言ってるもんね。

片意地張りすぎ? でもね、偉そうなこと言いたいわけじゃないんだよ。気付いて欲しいだけなの。どんなに小さなことでもちょっと気をつければ、知らないうちの誰かの役に立つかも知れないんだよってことに。

Img3_3

かといって自分も今更、文明人の生活を捨てられないのですけれどね…けれどどんな小さなことでも環境の為にできることがあるなら気をつけるように心がけていたい。例えば電気をこまめに消す、温水を出しっぱなしにしない、レジ袋を貰わない、ゴミを減らす、余程の用がないかぎり車には乗らない、等。

実行されている方も多いことでしょう。

タバコ喫煙者の方のマナーも年々良くなってきていると聞きますし。喫煙コーナーに隔離されている愛煙者の方々の姿を見るとちょっと気の毒に思うときもあるのですが、どうしてもあの臭いがね~それに歩きタバコをして未だに吸殻をポイって捨てているところを目撃すると、「落し物ですよ♡」とポケットに入れて差し上げたくなる。実際はそんな嫌味なはせずに、黙って拾って捨ててますが…(^v^;

Ww1本気で落ち込んでしまうため普段はあまり考えないようにしているのだが、時々ふと真剣になって思い詰めてしまう事がある。

「人間が生きている自体、地球環境に一番害なのではないか」と……。

熊が人里に現れて駆除されるニュースが今年は多いですよね。山に餌が豊作な年の次の年は必ず大飢饉が訪れるそうです。それが今年に当たると、だから山から下りてきてしまうんですね。

実際、お怪我をされた方や命に係わる害を被った方には申し訳ないのですけれど…やっぱり熊が駆除されるニュースを聞くと、ツライ、です。直視できずにどうしてもチャンネルを回してしまう。そうしたところで現実が変わるわけでもないんですけれどね。

被害にあわれた方を責めているのではなくて、そういう個人レベルではなくて、そもそも熊の住む所を奪ってきてしまったのは人間のせいじゃいか、と。どうしてもそう思い至ってしまう。必要以上に木を切り倒し、山を切り開いて開拓し、海を埋めたてて自然を壊していく。動物の乱獲もそうですよね。毛皮を取るため、私利私欲のために人間は破壊行為と呼ぶに等しい行為をしてきた。

破壊してしまったものは、どんなに似せて再生しても、取り繕おうとしてももう二度と元には戻らないのに。

昔は山や海に入って仕事をするなど自然を生業としてきた人たちや、動植物を食料として捕獲する際には、自然に敬意を払ってから仕事を行ってきたと聞く。食事の前に有難く「いただきます」と言うような事と同じですよね。

それがどんどん社会が発展するにつれ、敬意を払うのは形だけの儀式になってしまって、全然心がこもってないようにも感じます。形だけの「いただきます」になってしまって、本来の意味を忘れている。

お肉好きな人も多いでしょ。でもね、それは“動物の命”を頂いているんだよ。野菜もそうだよ。植物の芽を摘みとってしまっている。それをおいしい食事として食卓に運んでくれる人に対してもそうだけど、そういう意味での「いただきます」なんだよね。

自分で“人間は害”と提示しておきながらも、やっぱり自分で命を絶つ事はできません。それはやはり怖いです。ためらいがあります。

でもこのまま、地球におんぶと抱っこで生きてるだけなら私は嫌です。だから考えて、考えて考えて、どんな小さなことでも役に立つ事があるのならば実行していきたいです。今まで行ってきた罪滅ぼしをどうやったら人は出来るのか、恩返しをできるのか、とちゃんと向き合いたいです。

北欧の方の雑誌を見ていて、長い冬のすごし方について書かれてありました。長く暗い雪に閉ざされている国、そんな季節をどう快適に過ごすか。それは“明かり”の調節が必要なのだそうです。雑誌には様々なキャンドルが部屋に灯っていて、とても幻想的な空間となっていました。

私も今年の冬はこれを真似っこしようかと思っています。例えばクリスマスとか、素敵な記念日が冬には多いから、そういうときに部屋の電気を全部消して、キャンドルだけ灯す時間を作ってみようかなと。

実際、東京タワーやマリンタワー、街のランドマークな場所でキャンドルを灯すイベントがあるそうですね。お盆の時期、一度は参加してみたいな。

大げさな事は中々できない、難しい事はわかんないし、説教臭いことを言いたいのでもない。でも楽しみながら、なんか貢献できる事があれば長く続けるでしょう? 自分の身近で地球と共存する方法はいくらでも見つけられる気がする。みんなが毎日ちょことでも何かに気を配れば、それが積もって大きなプラスのパワーになるでしょ。

毎年毎年、冬の訪れが遅くなってきているな~ということを切実に感じています。ああ、これも温暖化による暖冬のせいなのかな~と思ったり。日本の冬がなくなって欲しくないもん。日本の夏が熱帯気候のようになっても困るもん。もちろん南極・北極の氷も溶けてほしくないし、地図から消える島もあってほしくない。絶滅危惧種ももうこれ以上増やしてはいけない。ストップさせなきゃ。

地球の傷みを感じられる、そういう心を自分も人にも絶対失って欲しくないんだ……。